現役のイケメン力士としては遠藤関が有名ですが、30年以上前に、ある意味、遠藤関よりイケメンで色男がいました。

その力士は、現役時代にレコードをリリースするなど歌えて、元祖イケメンとも呼ばれた、増位山太志郎さん。

現在は、日本相撲協会を定年退職されて、歌手として活動していらっしゃいます。

そんな増位山太志郎について、ちょっと調べてみました。

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プロフィール・経歴、現役の頃の番付など力士時代・親方時代について、歌について、ちゃんこについて、最後に、と書いていきたいと思います。

増位山 太志郎

出典:株式会社ゴールデンミュージックプロモーション

増位山太志郎さんのプロフィール・経歴

増位山 太志郎 (ますいやま だいしろう)

生年月日 :1948年11月16日   出身地:東京都(本籍地:兵庫県)

身長:182cm 体重:105kg  O型  歌手

1948年 名大関 増位山太志郎の長男として生まれる。高校時代は水泳の選手として活躍、高校を卒業前に各界入り。父親は猛反対だったとの事。1967年初土俵、1970年幕内、1980年大関昇進。1981年引退、1984年に9代目三保ヶ関親方になる。定年退職後、2013年12月、現役のしこ名のまま「増位山太志郎」名義の新曲「夕子のお店」の発表会の場で、「これからは歌一本。今後は歌手で横綱を目指します」歌手として再出発の決意を表明。現在に至る。

現役の頃の番付など力士時代・親方時代について

増位山関の現役の頃の最高位は、東大関。1980年(昭和55年)1月場所後に大関昇進。1981年3月場所途中で引退。大関在位は僅か7場所で短命であった。「短命大関」としては年6場所制が定着した1958年(昭和33年)以降、大受の5場所(のちに関脇陥落)に次ぐ史上2位。(大関の地位で引退した力士では歴代1位)。

三役(関脇、小結)時代が長かった印象ですね。

現役引退後は年寄・小野川を襲名し、三保ヶ関部屋の部屋付き親方となり後進の指導にあたった。

その後、1984年(昭和59年)11月に実父である9代三保ヶ関が停年(定年)退職になり、三保ヶ関に名跡変更して部屋を継承した。

2013年(平成25年)11月、相撲協会を定年退職。相撲界を離れる。

 

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